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MASAYUKI KAI

STAFF INTERVIEW 05

 

甲斐 将之

ディレクター

2012年入社

今回、スタッフインタビューに答えてくれたのは入社9年目のディレクター甲斐将之さん。

現在はしくじり先生を担当しています。

花組に入社したきっかけ、ディレクターという仕事、甲斐さんからみた花組、そしてこれからの花組についてお話を聞きました。

Q1 花組に入社したきっかけは?

僕は25才のとき花組に入社したのですが、それまでは別の派遣会社に所属していて、その会社からADとして派遣されるかたちで花組の番組制作の仕事をしていました。当時の花組はまだまだ小さい会社で、外から見ていても大変そうだなと思っていました(笑)。でも小さいけどなんだか勢いがあってここでなら自分もディレクターになれるチャンスがあるかなと感じ、社員にして欲しいとお願いしました。派遣としてADをやっていた時は何となく先が見えない感じがして。大変でもいいから制作会社の社員として頑張りたいと思ったんです。

Q2 その時の花組ってどんな会社だと感じましたか?

花組に入るまで色々な制作会社でAD業務をしていましたが、花組はとにかく一緒に仕事するスタッフの雰囲気が良かったのを覚えています。花組スタッフはみんなフレンドリーで年の近いスタッフも多く、仕事をしていて楽しい会社だなと感じていました。

Q3 その頃と今の花組は変わりましたか?

変わったことはとにかく大きくなったこと。スタッフも増えましたし、あの頃に比べたら仕事するテレビ局も増え、レギュラーも特番もかなり増えています。さまざまなテレビ局、番組の仕事をできるということは制作者としていろいろな番組に係われるとてもラッキーなことです。花組はそんな会社になったなと思います。

Q4 ディレクターになったのはいつですか?

テレビ東京の「トーキョーライブ」という番組でディレクターデビューしました。デビューする前、ADの時は正直自分はとりあえず仕事ができて最強だと思っていて(笑)、ディレクターなんて大したことないとまで思っていました。ADとして仕事ができるんだからディレクターだってできるだろうと。当たり前ですが現実は全く違っていました。いざディレクターとしてデビューすると、本当に何もできませんでした。ADの時にはわからなかったディレクターの仕事が山のようにあったのです。当時僕の上には敏腕ディレクターさんがついてくれていたのですが、毎日怒られながらもいちからオフラインの作業を教えてもらいました。でもぜんぜんできないんです。つらくて、つらくて、いきなりの挫折です。そして自分がいかに勘違いしていたのかを思い知らされました。

Q5 その後は?

それからもたくさん失敗し、挫折しました(笑)。失敗し挫折しながらも色々な番組に係わっていくなかで、少しづつ自分としてのディレクターのやり方がわかってきました。失敗してもめげてもやる続けていると、その経験が自分を成長させてくれるのだと今は思っています。ADとディレクターの仕事は大きく違うと僕は思っています。ADの時も毎日学ぶことばかりですが、ディレクターになってからも勉強が終わることはなく日々勉強です。ディレクターデビューしたときにあの敏腕ディレクターさんからボロクソに言われたからこそ今もディレクターという仕事を続けられると思っています。あのディレクターさんに毎日毎日怒られ厳しい指導を受けたからからこそ今の僕があるし、そのことを僕は名誉に思い今まで、そしてこれからも乗り切っていけると思っています。

Q6 番組制作の仕事をしてきて良かったことってなんですか?

う~ん、めちゃめちゃあってぱっと出てこない、それくらい良かったことがいっぱいあります。ここまで番組制作の仕事を続けてこれた理由の一つは取材先とか、出演してくれた芸人さんやタレントさんがOA後に「よかったよ」って言ってもらえることですかね。時には「ありがとう」とまで言ってくれる。これは仕事をしていて日々感じるよかったことです。

感謝といえば、忘れられない出来事があります。僕がディレクターデビューをした「トーキョーライブ」の番宣番組の制作の時のことです。出演者の5人がテレビ東京からOA当日生放送をする東京タワーまで街ブラをする企画でした。僕はディレクターとしてロケ前に出演者が立ち寄るかもしれないお店に予め「タレントさんが立ち寄るかもしれませんが、よろしいでしょうか?」と企画意図を伝え承諾をとっていました。とあるお蕎麦屋さんへ飛び込み承諾のお願いをしたのですが、実はその日は店主がお亡くなりになりお店自体がそんなお話を受付てくれる状態ではなかったのです。もちろんそんな事とは全く知らずにお店に飛び込んでしまったわけですが、もちろん取り合っていただける訳がありません。でも万が一出演者がお邪魔する可能性を考え番組の主旨だけご説明させていただきました。ところが、いざ番宣番組のロケとなったとき、なんと出演者がそのお蕎麦やさんへ入りロケが始まってしまったのです。ありがたいことにお店のかたにご対応いただくことができました。ロケ前の事情を知っている僕はなんとも心苦しく、そしてそんな時にも関わらずご対応いただけたことに感謝しかありませんでした。

そして「トーキョーライブ」の放送最終日、「人生が変わったエピソードを持つ人大募集!」という企画でエピソードを持つ人に東京タワーへ集まってくださいという呼びかけをしました。するとなんと、そのお蕎麦屋さんの方がわざわざ東京タワーへにきてくださったんです。「店主が亡くなり悲しくて悲しく仕方がなかったけど、トーキョーライブの出演者のみなさんがお店を訪れてくれてとても皆が明るくなれた。出演者、そして番組のスタッフのみなさんに本当に感謝しています」と話してくれました。その言葉を聞いたとき改めて感謝の想いとともに、こんな風に人の人生に係われる番組制作の仕事ってすごいと思いました。その時この仕事をやってってよかったと本当に思いましたし、今も思っています。

Q7 番組制作の仕事を辞めたいと思ったことはありますか?

これもいっぱいあります(笑)。とりあえずディレクターになってすぐ辞めようかと思いました。いろいろな人に様々な事を言われて自分にはディレクターとしてのセンスがないのか?と思ったり。時にはただ上のディレクターの言われた通りに直すだけじゃんと思ったり。本当に悩んで、くさって、へこんでの繰り返しでした。でもそれを繰り返しているうちに徐々に自分が変わっていくのを感じました。言われるのは当たり前で、言われたことを自分の中で消化して、経験を積んでいく。そしてだんだんに自分のネタをもってVTRを作り、それが放送されていくことで自分が成長していけることがわかってきたのです。自分ではまだまだ経験が足りないと思っています。もっと再現モノや海外ロケにも挑戦してみたい。さまざまな番組をかかえる花組だからこそ、まだまだ挑戦し経験を積んでいけると思っています。

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Q8 この先、どんなディレクターになってどんな番組をつくっていきたいですか?

ここ数年ディレクターをやりここまできて、ガツガツとかオラオラみたいな感じではなく、ひとつひとつ丁寧に番組に向き合っていける、そんなディレクターになりたいと思っています。番組スタッフや出演者、タレントが一緒に番組を作って良かったな思ってもらえる、そんなスタイルで番組を作っていきたいです。そしてそこで生まれた人との繋がりを活かして新たなものにも挑戦したいと考えています。もちろんテレビだけに留まらずYouTubeや様々な媒体にも視野を広げて、観ている人にもそして自分自身も楽しめるそんな仕事をしていきたいです。

Q9 花組のスタッフ、そして自身のスタンスについては?

花組の中では中堅になってきました。今の若い子、ADたちは本当にがんばっているなぁと思っています。自分がADの時より時間的拘束はずいぶんと少なくなりましたが、でもやる仕事の種類が増えているなと。そんな若手のためにももっと自分みたいなディレクターに色んなことを聞いてくれたらいいのにと思っています。下の子たちに色んな事を教えて、チャンスを作ってあげたいと思います。そしてもう一つは中堅としては上の世代の言いたいことも下の世代の考えていることもわかる立場として、ふたつの世代の架け橋になれたらとも思います。自分たちの世代こそがつなげる役割で、それぞれの世代がちゃんとつながることがこれからの花組に必要だと思うからです。

Q10 番組制作を目指す就活生に伝えたいことは?

若いADさんに接してて感じたことなんですが、一部ではありますが「野望がないな」と。言われたことを言われた通りにやるだけ、言われた事だけをやるのに徹する、そんなADさんを見かけることがあります。ちょっと臆病になっている?やらなくていい仕事からはしたくないって気持ちがあるのかな?と思います。自分自身のAD時代を振り返ってみると、とにかく上乗せしてました(笑)。上乗せでちょっと多く仕事をすることがその後の仕事を増やさないことであり、結果自分の成長につながっていたと思います。

これからのAD、特に花組で一緒に仕事をするADにはもっと貪欲になって欲しいと思ます。これから花組で活躍するADには言われたことだけやる、それではちょっと足りないなと。

自分が何をするのかを自分で目指し、進んで仕事をみつけられるそんなADが花組で活躍して欲しいと思います。